まだ、ここにいる

最初は、ただのつまらない行き道だった。
青く薄暗い、雨上がりの街角。
アスファルトにこびりついた水溜まりが、路地のネオンを鈍く跳ね返している。
誰もいない、静かすぎる通り。濡れたコンクリートの匂いが鼻をつき、胸の奥がじんと痛んだ。
足元の感覚が妙に重い。
まるで、膝の裏に誰かの重さが貼りついているみたいだった。
気づけば、私はただの階段にうずくまり、濡れたバッグを抱きしめていた。
何段目かも、もうわからない。ただ、階段の角が尻の骨にあたって痛い。
でも、それすらも「自分がまだここにいる」ことの証のように思えた。
「……あの人も、もう他の路を歩いてるんだな」
言葉にならない想いが、内臓のどこか、尻の奥の深い部分からじわりと湧き上がった。
その感覚は、じっとりとした鈍痛を連れて肝臓のあたりに落ちていき、そこで静かに居座った。
指先がかじかんでいるのに、小さな電子カイロを握りしめ、何度もスマホの画面を見つめる。
誰からの通知もない。気配も音もない。
それでも、機械を通して誰かを探さずにはいられなかった。
「また今日も、誰からも求められていない」
その事実に触れたくて、触れたくなかった。
「ねえ……私のことなんて、誰も思い出さないんじゃないかな」
口に出す代わりに、喉の奥で何かが崩れる音がした。声にしようとすると、舌が動かなくなる。
言葉の代わりに、熱のない重たい気配が、胸の真ん中をゆっくり沈んでいった。
私は、ただひとつの温もりを確かめたくて、またカイロをぎゅっと握る。
だが、そこに触れたはずのぬくもりも、今は自分の体温にすら感じられない。





あの夜 …
わけもわからず泣いた夜は、いったいどれだけあっただろう。
窓を閉めても聞こえた風の音に、自分の嗚咽を紛らわせようとした夜。
壁に向かって「助けて」とさえ言えず、ただ、シーツを濡らしただけの夜。
… 知られたくて、でも知られたくなかった。
… 愛されたくて、でも押しつけてしまった。
… 近づきたくて、でも近づきすぎた。
そのすべての行動が、結局は「遠ざけてしまう」という皮肉な現実を生んだ。
パーソナルスペースから削除された名前。一旦、切れたLINEのトーク画面。
ブロックされたわけではないけど、もう一生読まれないかもしれない言葉たち。
どうして心は、こんなにも誰かを想ってしまうんだろう……
もう何度も同じことを繰り返して、痛みを知っているはずなのに。
… なのに、また手を伸ばしてしまう。
… また、心を差し出してしまう。
… また、勝手に傷ついてしまう。
胸の裏がじくじくと痺れて、涙がせり上がってきた。
「わたし、どうしてこんなに……」





途中で言葉が切れた。
声にならなかった。
代わりに、肺の奥がぎゅっと収縮し、喉が詰まって息ができなくなった。
それでも誰かに助けを求める声すら出せなかった。
——ただ、一線
雨が、やんだ。
音が消えたあとの静けさは、むしろ耳に痛かった。
少し差した光が、濡れたアスファルトの水溜まりをかすかに照らす。
それは、まるで「まだ絶えていなかった希望」のようだった。
手が届くわけでもなく、温めてくれるわけでもない。
それでも、「もう少しだけ、ここにいていい」と言ってくれているような、小さな光。
… あなたの心にも、その光が、どうか、そっと寄り添っていますように ……
「今夜だけでも、消えないで」と願うように ……





※ 本記事の内容は、特定の個人やセッションの事例ではありません。記載名称はすべて架空のものです。
もし、よろしければ…
今回の記事を読んで、心に生まれたものを、お手すきの際に教えていただけませんか?
一度ゆっくりと深呼吸をしてから…
ご自身のペースで、心に浮かんだ感じを、少しずつでもお聴かせいただけたら嬉しいです。
いただいたお声は、毎回、隅々まで目を通して、これからの発信や対話を、より深く豊かにしていくための大切な糧として活用させていただきます。


ご精読いただき、誠に有り難うございます。
Despair 傾聴デザイナー/本質追求型・密接派クリエイター
(Despair: 絶望 失望 落胆 失意 自暴自棄 憂鬱など …)
絶望もまた、声を持っている。
マイノリティとマジョリティの狭間で揺れながら生きてきた人生のなかで、「声にならない声」に静かに耳を傾ける旅を、心の底から選びました。
「きれいごと」の言葉がナイフのように刺さる痛みを知っているからこそ、安易なアドバイスではない、心の深みに降りていく関わり(Deep Listening)を大切にしています。
2016年、真摯な傾聴の場「ほんわか倶楽部」を創設。
心の深みに寄り添う傾聴セラピーに、一歩でも近づきたくて、試行錯誤の日々を重ねています。



