まだ言葉になる前のものが、胸に沈んでいる。

── ひとすじの糸のように

はじめに

※この文章は、心の奥にある傷や、語り直しにまつわる葛藤を含みます。

過去の経験が揺さぶられる可能性のある方は、ご自身のペースを大切にしながら、お読みください。

あの日から、ずいぶん時間がたったようで、でも、まだ声にできないものが、胸の底に沈んだまま。

呼吸のたびに、その存在だけが静かに浮き沈みして、日常のあちこちに、ひそかに影を落としていく。

言葉にしようとしたとき、またあの「裂け目」に触れてしまうんじゃないかと、怖くなる。

せっかく縫い合わせた糸が、またほどけてしまったら。

そっと蓋をした記憶が、もう一度、こちらを見つめ返してきたら。

心の奥に沈めたその欠片たちは、まるで「静かな湖の底」にいるみたいに、声もなく、でも確かに、ここにいる。

「また語っても、いいのかな」

そう思うとき、心のどこかで小さな抵抗が起きる。

(もう、誰にも触れられたくない。

でも… もう一度、聴いてもらいたい)

この、どちらにも触れている感覚が、しんどい。

誰にも見つからないまま朽ちていくのは嫌なのに、見つけられても、また壊されてしまうかもしれない。

その「かもしれない」が、現実になってきたから、言葉にすることすら、躊躇してしまう。

それでも、いま、こうして、再び書こうとしている。

たぶん、「語らないままでいい」と言い切れるほど、わたしの中は静かじゃなかった。

まだ名前のつかない痛みが、ときどき喉までせり上がってくる。

きっと、誰のせいでもなく。

でも、だからこそ、誰かの「わかるよ」の言葉が、こわい。

この胸の奥にあるものは、"誰かにわかってもらうため"だけにあるんじゃない。

ただ、ここにある。

この痛みごと、生きている。

その静かな証として、わたしは、また言葉を綴る …

傷が癒えたわけじゃない。

許せたわけでも、きれいになったわけでもない。

ただ、もう二度と、あの声を、自分の内側でかき消さないために ――

誰かのための言葉じゃない。

これは、わたしの、再び歩き出すための「灯り」。

まだ、うまく語れないけれど、

でも、ここにいる。

小さな糸屑を、また拾い直すように …

※ 本記事は実際の体験をもとにしていますが、人物や場面には創作を含みます。現実とフィクションの境目にある、心の記憶をたどったひとつのかたちです。


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いただいたお声は、毎回、隅々まで目を通して、これからの発信や対話を、より深く豊かにしていくための大切な糧として活用させていただきます。

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