薄汚れた 網戸の向こうに ――

――静かに滲む、言葉にならない想い

ある深夜。

音もなく時がたゆたう部屋の片隅で、不意に立ち上がってきた、かすかに揺れる記憶のかけらたち。

薄く煤けた網戸が、まるで瞼の裏に焼きついたままの幻のように、じっと視界に居座り続けている。

まるで「見たいもの」と「見たくないもの」の境界を曖昧にするように ――

網戸――というには、あまりにもぼんやりとしていて、まるで目に見えない薄い膜のように感じられていた。

心の奥深くに澱のように溜まった埃や塵のせいで、澄み切ったはずの青空さえも遠く霞ませてしまう…

見たいと思うのに、見えない。

手を伸ばせば届きそうな気がしても、決して触れられない。

いや、触れてはいけないのかもしれない。そんな気もした。

誰かに、この閉ざされた扉を、そっと開けてほしかったのかもしれないし、そうでないのかもしれなかった。

そもそも、その「誰か」が一体、誰なのか、もう自分自身でも判然としない。

求めれば求めるほど、心はどこかで擦り切れ、少しずつ濁っていき、深く沈んだ水底のように、澱がゆっくりと舞い上がる気配がした。

それでも……いや、だからこそかもしれないけれど、人と繋がっていたいという、ごくかすかな希いが、胸の奥の、さらに奥のほうで、そっと燻っていた。

声にならないまま、消えもせず、ただ、そこに居続けていた。

だが、なぜだろう。

触れようとすればするほど、距離はどんどん遠ざかっていくようだった。

響く涙、未完の愛、壊れた夢…。

そうしたものが、静かな夜の隙間にひっそりと浮かび上がり、冷たい夜風が、かつての温もりの感触を、肌の奥へと忍び込ませてくる。

あの日の言葉。いや、言葉だったのかどうかも、わからない…

ただの気配。沈黙のなかに確かに存在していた、あの温かなぬくもり ──

それはまるで、指の間からこぼれ落ちる細かな砂のように、静かに消えゆく温もりだったような気がする。

手を伸ばしても、掴み続けられなかった想い。

叶うことのない、切なさがじわじわと胸の奥を締めつけていく。

時折、それは腹立たしさにも似た感情を伴った。

なぜ、こんなにも真っ直ぐに、まっすぐに生きられないのだろう、と…

誰にも言えなかった。いや、言わなかったのだ。

この想いが、あまりにも重すぎたから。きっと、誰かを困らせてしまうから。

もどかしくて、どうしようもなく切なくて――それでもどこか、愛おしく

気づけば、ぽろぽろと、涙がこぼれていた。止まる気配もなく…

背負いきれないまま、置き去りにしてきた過去。

いつの間にか心に走っていた、深く細かなひびの痕。

見ないふりをしていたのかもしれない……いや、見えなくなっていたのか。

遥かな記憶の底に、そっと沈んだまま消えない声がある。

耳を澄ませば、今もどこかで、かすかに響いているような ―― そんな気がする。

そして、あの時ふと見せた、あの笑み。

ほんのわずかな瞬きの間に浮かんだその表情が、なぜだか今も、まぶたの裏に残って離れない…

でも、もしかすると――あれは、無理やり浮かべた笑顔で、痛みを包み隠していたのかもしれない。

……いや、それでも。


あの時は、きっと心から笑っていたんだと ――

そう思いたい。ただ、それだけなんだ。

孤独な夜のなかで、心にぽっかりと空いた穴 ―― 空白を、誰にも見せられずにいた。

見せたところで、どうしようもなかったからだ。

夢と現実のあいだで、どこにも着地できないまま、足元だけがふわふわと浮いていた。

何かを掴もうとしても、風が吹けば――ただ、抗えずに流されていくばかりだった。

駆け抜けたあの日々は、波打ち際に置き忘れた記憶のように、静かに乾いていった。

額を流れた汗は、いつしか潮のように結晶となり ―― その味すら、もう思い出せない。

踏みしめた足裏には、小石と枯れた草の名残。

擦れて、裂けて、剥がれていった日々が、靴底の奥でまだ眠っている。

それでも私は、この足で、この道を歩いていくのだろう。

たとえまた、同じ風が頬を切りつけてくるとしても ――

たぶん、これからも、ずっと…

夢のなかでしか会えない人がいる。会いたくても、きっと叶わない想い ――

すれ違う心、そして心のなかで響く、静かな泣き声と、微かなぬくもり。

信じる想いが、どうしようもなく怖くなる夜が、時折、訪れる…

そんな時、あなたは一体、どうしているのだろう…

それでもなお、時を超えて伝えたい想い…

それはまだ、名前のつけられない願いのような、グラデーションを奏でるようなものなのかもしれない。

立ち止まる勇気 ――

繰り返す後悔 ――

残された声 ――

見えない未来へ、この手をほんとうに伸ばせるのだろうか…

いや、せめて伸ばす“ふり”だけでも、続けていたいのだ。

流れ星のように儚く消えた、あの日の夢。

風に吹かれて遠くへ消えた、あの子の背中――

それでも。

ひとしずくの希望。

涙の中に、まだ温もりが残っている気がする。

壊れた約束。

悲しみの深淵に溺れながらも、どうにか呼吸を続けている。

傷つけ合った日々のその先に。この痛みのその先に。

ほんの少しでも、光があると信じたい。いや、信じていたいのだ。

誰かと再び、出会える日まで… まだ見ぬ明日を、ほんの少しだけ信じてみたい。

── そんな風に、私は、そしてたぶん、きみも生きているのだろう。

ここまで読み進めてくださったあなたの中に、何か響くひとしずくがあったのなら。

それは、きっと、あなたの中にある「まだ癒えていないもの」の声なのかもしれない。

あなたが今日、心のどこかに浮かんだその想いを、どうか大切に ――

もし、その想いを一人で抱えきれなくなった時は、いつでも、私たちの場にそっと来ていただけたら ――

── ほんわか倶楽部より、静かな共鳴をこめて

※ この物語はフィクションであり、心の記憶を元にした創作です。

登場する人物・団体名はすべて架空であり、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。


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