自分の気持ちを、受け止めきれないとき

── 湧き上がる想いを、どうしても愛せない日に

いま、この静かなひとときに、便りを開いてくださり、本当にありがとうございます…

綺麗な言葉だけでは片付けられない、こころのざわめきを感じているとき、この場所があなたにとって、ただそのままの息継ぎができる空間となれましたら幸いです。

新しい扉をゆっくりと開く前に、これまでの「こころの聴き旅」がいつでも置いてある、お便り一覧を置いておきます。

胸の奥が少し波立つときや、静かな余白に触れたくなったときに…

いつでも、過去の足跡をたどり直す、灯火のようになれましたら幸いです ──

「こころの聴き旅」のお便り一覧

前回は、「うまくいかない日も、こころを責めない」という流域でした。

ここでは、思い通りに進めない不完全なままの自分を、丁寧にいたわる姿勢について、ご一緒にみつめていきました。

今回は、その優しさを知ったからこそ、かえって直面しやすい「自分のなかの受け入れがたい感情」とのつきあい方について ──

焦らず、急がず、ゆっくりと、伴に味わってみたいと思います。

「きれいな受容」の裏側で …

「どんな感情も大切にしよう」

「自分を責めないでおこう」

そうやって、自分のこころに優しく寄り添おうと願いはじめるほど、私たちは時に、ある一つの壁に突き当たってしまうときがないでしょうか

日常の暮らしのなかで、ふと湧き上がる …

ドロドロとした激しい怒り、誰かに対する情けない嫉妬 …

すべてを拒絶したくなるような、冷たい拒絶感 ──

そんな醜く思える想いに、自分の中で出会ったとき…

「こんな汚い気持ち、認めたくない…」

「こんなふうに思ってはいけないのに…」と、自分の感情を強く拒んでしまう瞬間は、ないでしょうか?

優しくあろうとすればするほど …

振り払おうとしても付いて回るような …

理想の自分と、実際に胸の奥に渦巻く生々しい感情とのあいだに、深い自己不一致が生まれて、かえって激しい自己嫌悪の波に飲まれてしまう …

頭では「受け入れなきゃ」とわかっていても、どうしてもその想いを愛せない、抱きしめられないという苦しさが、そこにはあるのかもしれません。

未消化なあり方のままで、佇む

来談者中心療法(PCA)やフォーカシングの視点から眺めてみると、その「自分の気持ちを受け止めきれない」という拒否感さえも、自分自身の大切な有機体としての、自然な反応なのだと感じています。

無理に、ドロドロした感情を好きになろうとするよりも ──

今すぐ、綺麗に解決して許そうとするよりも ──

「いまは、どうしても、この怒りを受け入れたくないのだな」

「この嫉妬を、認めるのが、とても怖いのだな…」

そうやって、感情そのものを愛そうとするのではなく、「受け止めきれずに戸惑っている、その未消化なあり方そのもの」に、そのまま名前をつけて、そっと眺めてみる

その微細な身体感覚(フェルトセンス)のそばに、ただ「拒絶している自分」ごと、静かに佇んでみていただけるでしょうか ──

自分の内的照合枠(自分だけの基準)のなかに、「愛せない気持ちを抱えていてもいい」という、もう一つの逃げ道をつくってあげる

それだけで、胸の奥の張り詰めた強張りが、ほんの少しだけ、ふわりと緩み始めます。

愛せない想いも、自分の声

綺麗な感情だけを選び取って愛する営みだけが、本当の自己受容ではないのかもしれません。

どうしても愛せない想いを抱えながら、その「受け止めきれなさ」ごと、否定も判断もせずに …

そのまま、あたたかく包み込んであげるスペースを、こころの中に一幅分だけ広げてみる。

その、上手に処理できない自分を置いておく、無言の豊かさ ──

それこそが、のちに …

どんな濁った感情が湧き上がっても揺るがない、こころの本当の安全基地を育てる土台になっていくはずです。

焦らず、急がず、きょうはただ、未消化な想いを抱えたままの自分を、丁寧にいたわってあげませんか

自分が、自分の一番の理解者として、そのこころの拒絶感にさえも、そっと、寄り添っていられますように ──

それでは、またお便りいたしますね。

今日も、こころにそっと、あたたかな灯がともりますように ──


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一度ゆっくりと深呼吸をしてから…
ご自身のペースで、心に浮かんだ感じを、少しずつでもお聴かせいただけたら嬉しいです。

いただいたお声は、毎回、隅々まで目を通して、これからの発信や対話を、より深く豊かにしていくための大切な糧として活用させていただきます。

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