つい比べてしまうとき ── こころの向け方
── 自分だけの光に、そっと還ってゆく

きょうも、こうして『そっと こころの聴き旅』を綴れる今に、静かなよろこびが湧いています。
まずは、この「こころの聴き旅」でお届けしてきたお便りの一覧を、いつでもご覧いただける場所をご案内いたします。
日々の慌ただしさの中でふと立ち止まったときや、静かなひとときに、こころの声をそっとたどり直す、やさしい灯火となれましたら幸いです。
ここまでの歩みのなかで、ご自身のこころと、やさしく出会い直す時間を積み重ねておられるプロセスに、深い敬意と静かなまなざしを送ります。
今回は、「つい、比べてしまうこころの動き」について、ゆっくりと伴に味わいながら綴ってみたいと思います。
私たちが誰かと出会いながら生きる日々のなかで、ふと胸に差し込むようなこの感情 ……
その繊細な揺らぎに、やわらかく寄り添いながら、伴に見つめてみていただけたら嬉しいです。









ふとした拍子に、比べるような思いがよぎるとき…
誰かの言葉、表情、ふるまい、SNSの投稿――
何気ない場面で、ふと「比べている」自分に気づくときがあるかもしれません。
「あの人みたいに話せたら…」
「私には足りないところばかり…」
「なんで、あの人は、あんなにうまくやれるの?」
そんな思いは、まるで胸の奥にひっそりしのばせた小石のように、日常の隙間からカチリと音を立てて転がり出てくるようです。
その音に気づいたとき、どこか痛みや、恥ずかしさ…
あるいは… 焦りのような感覚が、静かに胸を満たしていくかもしれません…
けれど、そんな気持ちを抱く感覚自体が、決して“いけない”ものではないと思います。
それは、あなたがまっすぐに、日々を誠実に生きている証であり、内なる声と触れ合おうとしている、健やかな動きでもあるのではないでしょうか?









比べてしまう奥に、ほんとうの願いが…
ふと、比べてしまう感情に気づいたとき
そのままにしておくと、胸の奥に言葉にできない…
不全感や小さな痛みが、静かに積もってゆくときがあります…
けれど、その揺らぎの奥に、ふぅ…と静かに耳をすませてみると ──
そこには誰かになりたいというよりも、「ほんとうの自分を感じたい」という願いが、そっと横たわっていると気づくときもあるかもしれません。
「私には、まだ、出会っていない力があるのかもしれない…」
「もっと、自然な自分でいられる場所を、探しているのかもしれない…」
「比べるという現象の奥には、"私も輝きたい"という、素直な想いがあったんだな…」
そんなふうに、自分の内側にそっと耳を澄ませながら
ゆっくりと呼吸を整え、心の波の揺れに、ゆらゆらと歩幅を合わせてたどっていくうちに
目の前に少しずつ、これまで気づかなかった景色が広がっていく場所を探したり、クリエイトしていくというのは、いかがでしょうか?
はじめは、自分を責めるような気持ちにしか感じられなかったその感情たちが
胸の奥でそっと息をひそめ、やがてただの「比較」ではなくて
自分の大切な一部だったと気づく瞬間が訪れるような、こころの向け方へ ──









比べる感情が教えてくれるもの
比べるという感情は、単なる他者との違いを感じる刹那の瞬間にとどまらず
「もっと、こうありたい」・「ほんとうの自分でいたい」という願いの灯火を映し出します。
その痛みや悔しさ、不甲斐なさや苛つき、揺らぎは、決して無意味ではないと思います。
誰も知らない、夜の湖面に波紋が広がるように
こころの奥の深いところで、自分だけの音を奏でながら響き渡っている…
だからこそ、比べる気持ちは、自分自身の大切な一部として
揺らぎながらも、確かな存在感を持つコアへと繋がっていて
自分と向き合う旅の中で、欠かせない友のような存在であると気づいていけます。
たとえ「あの人のようにできない自分はダメだ」と、何度も繰り返し思ったとしても
その奥底では
「私にもきっと、まだ出会えていない光があるはずだ」と
こころの奥で、キリキリと切望していたのかもしれません。
そんなふうに、揺らぐ思いのひとつひとつを
柔らかな布に包み込むように確かめていくうちに
比べてばかりいた、あの時間たちさえも
今では自分の輪郭を見つめる大切な旅の一歩だったと
いつか、感じられていきますように…









自分のリズムに還る、こころの深呼吸
比べてしまうのが、つらく感じられるときには
少しのあいだ、外に向いていた意識を、自分の内側に戻してあげるという選択肢もあります。
身体の感覚へ意識を向けながら、呼吸をふかく、やわらかく
鳥の声、風の音、湯気のゆらぎ、日だまりのぬくもり……
すぐそばにある"やさしいものたち"を、そっと見つめてみる。
揺らいでもいい、こころが少しずつ、自分だけのリズムを思い出してゆきますように…
何度でも…
他者と比較する世界から、自分自身の感覚の世界へ――
そのうつろいの中に、ほっとするような「還る場所」がひらかれていきます。
そしてそのとき、ふいに気づく瞬間が訪れるかもしれません。
「私は、私として在っていいんだ」と――
誰に言われるのでもなく…









今の自分に、やさしく届ける問いかけ
もし、こころのどこかに「つい、比べてしまう感情」が宿っているなら
その揺らぎを、できるだけ暖かく受けとめながら、問いかけを静かに味わってみていただけるでしょうか?
問いに向き合うとき、正解を見つけようとしたり
言葉にならない感覚を、無理に言葉にしようとするよりも
ただ、その感覚を、やわらかく抱きとめてあげるように寄り添ってみるプロセスです。
- 比べてしまった相手の、どんなところに惹かれていたのでしょう?
- そのときの自分には、どんな感情の動きがあったでしょう?
- 「自分に足りない」と感じたものの奥に、どんな"欲しかったもの"が隠れていそうでしょう?
- それは、もしかすると、過去のどんな自分が願っていたものだったでしょう?
- 今の自分なら、その想いに、どんなふうに伴ってあげられそうでしょう?
ゆったりと問いかけを通して、ほんの少しずつでも
自分の中にある願いや光に、ふれていき始めたりして
それだけで、こころがふっと緩みはじめる感じが味わえるまで
ゆっくりと続けていきます。
言葉にならないままの感覚に
まなざしを向けてあげるという営み、そのものが
自分自身にとっての、やさしい癒しとなりますように ──









あとがきのようなもの
「比べる」という感情は、ときに自分を苦しめてしまうものに思えるかもしれません。
でもその背後には、自分の中にある"まっすぐな願い"が、たしかに息づいているのではないでしょうか?
もっと、自分らしくありたい。
もっと、自由で、のびやかに在りたい。
もっと、深く、大切にされたい――
そんな根源的な欲求からの願いに、まず、他の誰でもない
自分自身が、そっと気づいて、両手で抱きしめてあげられたなら ──
いつしか、こころは少しずつ、やわらかくほどけていきます。
どうか、自分が自分自身の、いちばんの伴走者でいられますように ──
次回のお便りでは、「うまく話せない自分が情けなくなるとき」をテーマに綴っていきます。
いつも、静かに耳を傾けてくださり、ありがとうございます。











もし、よろしければ…
今回の記事を読んで、心に生まれたものを、お手すきの際に教えていただけませんか?
一度ゆっくりと深呼吸をしてから…
ご自身のペースで、心に浮かんだ感じを、少しずつでもお聴かせいただけたら嬉しいです。
いただいたお声は、毎回、隅々まで目を通して、これからの発信や対話を、より深く豊かにしていくための大切な糧として活用させていただきます。


ご精読いただき、誠に有り難うございます。
Despair 傾聴デザイナー/本質追求型・密接派クリエイター
(Despair: 絶望 失望 落胆 失意 自暴自棄 憂鬱など …)
絶望もまた、声を持っている。
マイノリティとマジョリティの狭間で揺れながら生きてきた人生のなかで、「声にならない声」に静かに耳を傾ける旅を、心の底から選びました。
「きれいごと」の言葉がナイフのように刺さる痛みを知っているからこそ、安易なアドバイスではない、心の深みに降りていく関わり(Deep Listening)を大切にしています。
2016年、真摯な傾聴の場「ほんわか倶楽部」を創設。
心の深みに寄り添う傾聴セラピーに、一歩でも近づきたくて、試行錯誤の日々を重ねています。



